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2. 旅立ち
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「おきなさい おきなさい わたしの かわいい りあたん や」
 もう、くだらない夢は充分だ。その名前で呼ぶのはやめてくれ。
「いい加減、起きなさい!!」
 聞き覚えのある声に、アイオリアはいつも通りゆっくりと身体を起こし、寝ぼけまなこで声の主の方を向く。神様―――ではない。年の割には若いとよく言われ、これまた年の割には可愛らしいエプロンを着た母であった。
「そんな調子で大丈夫かしら。やっぱりやめておいたら?」
 その言葉にアイオリアの脳は完全に覚醒した。そうだ。今日は待ちに待った日なのである。
 身体を滑らせるようにしてベッドから出ると、部屋の隅に置いてある革袋の方へと移動する。
 中には彼が時間をかけて準備した“旅の道具”が入っている。携帯食料にナイフ、ロープ、照明用の松明等など。忘れているものがないか、念入りに点検する。
「朝ごはん、冷める前に食べちゃいなさい」
 しばらく息子の様子を見ていた母が、そう言い残して下の階に下りて行った。
 用意を済ませたアイオリアが下へ降りてくると、すでにテーブルの上には朝食の準備ができていた。
 トーストに目玉焼き、彼のリクエスト通りにカリカリに焼かれたベーコン。たっぷりの野菜のサラダに朝市で買ってきた冷たいミルク。いつもどおりの光景だ。唯一変わっているのは、いつも一つだけの目玉焼きが二つになっていることだ。母なりの餞別だろうか。
 自分の席につき、対面に座った母と共に神と精霊への感謝を祈ると、トーストにバターを塗ってかぶりついた。
「どうしても、今日出発するの?」
 食事が一段落したところで、母が口を開いた。
「せめて、あなたの誕生日をお祝いしてからでも…」
「前から決めていたことなんだ」
 母が言い終わる前に、アイオリアが会話を遮るように話しだす。
「それに、わざわざ誕生日を祝ってもらうほど、オレはガキじゃない」
「お父さんとお母さんは、りあたんが生まれてからもお互いにお祝いしたわ」
「それとこれとは関係ない。そんなことより『りあたん』ってなんだよ。そんな呼び方、今まで一度もしなかったじゃないか」
「なぜって…、なんでかしら? なんとなく呼びたくなったのよね。かわいいでしょ」
「ぜんぜんかわいくない」
「じゃあ『あいくん』の方が」
「ごちそうさまでした」
 なぜだ? なぜ夢の中だけの呼び名が現実にでてくる? これはまさか、神からの啓示か何かか? だとしたら旅立ちの前としてはありがたいことなのだろうが、もう少し、こうなんと言うか高尚な言い回しとかで伝えられないのだろうか。
 しばらく考えこんでいると、心配そうに覗き込んでいる母に気が付いた。
「そ、そろそろ出発しないと」
 心の中を見透かされそうな母の瞳から逃れるように立ち上がると、脇に置いておいた革袋を背負った。
「そういえば、じいちゃんは? もう朝の散歩から戻っていると思ったけど」
 アイオリアの問いには答えず、母は部屋からでていくと、何やら大人のこぶし位の大きさの布袋を持ってきてテーブルの上に置いた。ズシャリ、と少し重そうな音が聞こえた。
「お義父さんからよ」
 母が促すように手のひらを向けたので、アイオリアは袋を手に取ると口を縛っていた麻紐を解き、中をのぞいた。中には結構な量のお金が入っていた。
「アイオリアよ、わしは大事な用事があってお前の旅立ちは見届けられん。この金で装備をしっかりと整え、備えるがよい。お前の旅の無事を祈っておるぞ」
 祖父のものまねのつもりか、母が右の人差し指を立て、仰々しい口調でアイオリアに伝える。そんな祖父の心遣いに感謝しながらも、気持ちの上では
「大事な用って、雑貨屋のおばあちゃんとのデートだろ」
 と、つっこみたい気持ちであった。
 祖父の餞別を懐にしまうと、アイオリアは大きく一つ息を吐き、玄関の扉の前に立った。
「母さん、しばらく戻れないけど町のみんながいるから大丈夫だよね」
 振り返ったアイオリアは笑顔でそう言った。
 母が何か言おうとしたが、アイオリアは聞こえない振りをしてドアに手をかけた。ここからオレの旅が始まる。必ず兄さんを見つけてみせるんだ。勢いをつけてドアを開け、大いなる第一歩を踏み出した、のだが―――。
「おわっっっ!!」
 アイオリアの身体は何かにぶつかり、思わず尻もちをついてしまった。
 こんなところに壁があったか? いや、そもそも昨日まで普通にここから出入りしていたではないか。
 アイオリアが顔をあげると、すぐに“壁”の正体がわかった。
「バ、バランのおっさん…」
 アルデバラン。それが彼の名前である。長身のアイオリアよりもさらに頭一つ大きく、その巨体はうっすらと残した脂肪以外はすべて筋肉という理想的な“戦士”のものである。歳は、アイオリアの父オルテガが生きていればその二つ三つ下だったと思う。そんな男が玄関の外で仁王立ちになっていた。
「お、おはよう、おっさん」
 アイオリアが挨拶しても、アルデバランは黙って彼を見下ろしている。
「わ、悪いけど、オレはこれから“ルイーダの酒場”に行くんだ。そこどいてくれないかな」
 ギロリ、とアルデバランの鋭い眼がアイオリアをなおも見据える。
「なぜお前が冒険者ギルドへ行く必要がある?」
「なぜって…それが冒険にでる第一歩だろ? おっさんには話してなかったけど、もう決めたことなんだ」
 アルデバランは父オルテガの元部下であり、今はここアリアハンの城で兵士長を任されている。アイオリアも幼少期から顔なじみであり、父が任務中に命を落としてからは本当の父のように厳しくも優しく接してきた。アイオリアにとってはかなり恐ろしい存在ではあったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
 そんなアルデバランの口から次に出てきた言葉は、アイオリアの想像からは全くかけ離れたものだった。
「何をいっているのだ。お前は今日から“兵士見習い”としてアリアハンの城に入るのだ」
 ―――はい? アイオリアの頭の上にいくつもの疑問符が浮いた。この人こそ何を言っているんだ。この人の性格はまさに実直にして剛毅。嘘は絶対につかないし、冗談を言っているのも聞いたことがない。勿論、自分もそんな話は初めて聞いた。まさか、オレが冒険に出るのを阻止するために、信条を曲げてまで嘘をついたのか。
「あっっっ」
 その時、後ろにいた母が大きな声をあげた。振り返ると、母は右の手のひらを口に当てていた。
 あの仕草は。アイオリアはいやな予感がした。何か大事なことを忘れていて、思いだした時にするやつだ。
「奥方…、まさか伝えていなかったのでは」
「ごっめ―――ん!」
 そう言うと、母は両手を合わせてアイオリアに謝った。
「今日からあなた、お城の兵士になるのよ。すっかり言い忘れてた。ごめんね」
 そう言うと、ぺロっと小さく舌を出した。
 まただ。普段はしっかり者の母なのだが、時々重要なことをさらっと忘れるという能力を発揮する。
「まったく、仕方がないな」
 アルデバランもため息をついている。当然、母のことも昔から知っているので「またか」といった感じである。
「そういうわけだ。アイオリア、これは必要ないな」
 そう言ってアルデバランは床に落ちていたアイオリアの荷物を拾い上げた。
「返してくれっっ!」
 アイオリアは荷物を取り返そうとしたが、アルデバランが高く持ち上げたため、何とか取り返そうと何度もとび跳ねた。
「りあたん、まるで餌を取り上げられた子猫みたい」
 母は微笑ましくその光景を見ていた。
「母さん、何でそんな大事な事を忘れることができるの! そもそもオレは兵士になるつもりなんか無いよ!!」
「アイオロスお兄ちゃんみたいになるんじゃなかったの?」
「そんなの昔の話だろ。その兄さんを探す旅なんだ。遊びじゃないんだ!」
 そんな状況に業を煮やしたのか、アルデバランはアイオリアの身体を掴むと、小脇に抱えて太い腕でしっかりとロックした。
「では奥方、アイオリアはお預かりします」
「アイオリア、しっかり頑張るのよ」
 待て、違う、自分は冒険に出るのだ。ルイーダの酒場で憧れの“あの人”とパーティーを組んで、幾多の災難を潜り抜け、そうして育んだ友情がいつしかかけがえのない絆へと成長し、無事兄さんを見つけてアリアハンに帰ったそのあかつきには―――。そんな十六歳の熱い思いは兵士長の剛腕によって封じられ、アリアハンの朝の城下町へと旅立って行ったのであった。


(書いた人:いいいい)

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