俺は何1つしてやれなかった。
不治の病と1人闘っていたお前に。
何故もっと早くに気付けなかった、と何度も己を責めた。
余りにも呆気なさすぎる。
「せっかちな所もそっくりだな」
掌に舞い落ちては、
じんわりとその感触を味わう間もなく雪は形を変えていく。
白くて冷たくて
儚い。
舞い散る粉雪を眺めていると
みし、みしと
雪の上を歩く音が段々近づいて来た。
「夏侯惇将軍、こちらにいらしたのですか」
「旬イク」
旬イクはいつものように優しく微笑んで
俺の横に並んで虚空を見つめた。
「よく降りますね」
「ああ、だからって今日は寒い訳じゃないんだが…
不思議だな雪って」
「ふふ、雪と言っても、出来方に幾つか種類があるのを
ご存知ですか」
「?」
「普通は気温が冷えて雪が降ります。
でも、この時期の雪は少し違いましてね、
暖かい風が吹いた後によく雪が降るんだそうです」
「そうなのか」
「ええ。
倭国ではそれを春の訪れだと称し、春一番、と言うと」
「…はる、いちばん…?」
「司馬懿殿は将軍によって春の訪れとなられたのですね、
形を変えて。」
「?司馬懿…?」
「『戦中、何も無かったかのように喪したい』と
そう彼は私に話していました、寂しい光を帯びた目をして」
「…そうだったのか、
俺はそれさえ叶えてやれなかったんだな」
「はい。
貴殿にしか叶えられない、幸せな最期を迎えられましたから。
おっと…余計な事を話すなと司馬懿殿に怒られてしまいますね」
「旬…ッ…」
お前に右目を覆われた時の事を思い出す。
ひんやりしていて、
まさにあの時と同じ感覚だった。
俺は泣いているのか?
「司馬懿?何も見えないんだが」
そして同じ言葉を
一面真っ白な景色に向けて投げかけた。
答えてくれるお前はもう居ないのに。
その時ひんやりとした掌が右目を覆った。
「…馬鹿めが、そうしているのです」
「!しば」
「はい」
「伝えられて良かった。仲達…お前のことを、愛している」
「っ…はい」
後ろから覆われた手に自分の手を沿えると
小刻みに震えて居て。
でも、それは暖かかった。
「私もです、元譲。どうかどうか…幸せに」
「!司馬懿…!逝くな!…っ」
その手は俺の涙を優しく拭うと
静かに離れていった。
あいつの声と共に。
視界がはっきりすると
ひらひらと美しい粉雪が止むこともなく舞っている。
「…んん…?
全くお二人とも誰ぞのように世話のかかる事です」
「はは、違いない。ありがとな旬イク」
「とんでもない。私は何もしておりませんよ」
旬イクが俺達の事を
心から考えてくれていたからこそ
司馬懿とまた、会えたんだろう。
俺は腕を空いっぱいに広げて
大きく息を吸い込み、その場にごろんと寝転がった。
「春一番か、確かにすぐそこまで春が近付いてる気がするな」
お前が俺によって春の萌しになれたと言うのなら、
俺はいつまでも
あたたかな風のようであれるよう努めよう。
ただ、暖かい雪が降る
この時期だけは
お前を偲んで共に時間を過ごすことを
許してくれよ。
fin
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