Saint Seiya > せいんとせいやでドラクエ3をやってみた。 > ナジミの塔〜ロマリア編 |
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建物に入った後の道中は順調そのものだった。 スライム、人面蝶、大アリクイ―――ナジミの塔に生息するモンスターは、どれも皆アイオリアの敵ではなかった。遊び人のふたりはモンスターに出くわすと“かめのこうら”の中にすっぽりと収まり、戦闘終了まで眠って過ごすことが多かった。そんな“仲間”を名乗る者とは思えない行動が、逆に功を奏したのだ。「お願いだからもう何もしないでください」というアイオリアの懇願通り、口笛で余計な敵を呼び寄せることがなかったからである。 一方のデスマスクといえば、洞窟の出口がナジミの塔、即ち宝物がないと判明した途端にやる気を失った様子。今回の目的である最上階までの最短ルートを、彼は先頭に立ってずんずん進んだ。 「ちょっと待ってよ。もしかしたら何か役に立つものが」 「何もねーよ」 アイオリアがもう少し探索しようと促しても、いかにも興味無さげな短い返事が返ってくるだけだった。事実、幾つか設置されている宝箱に目ぼしいものは殆ど入っておらず、入手したものといえば申し訳程度のゴールドと薬草くらいだ。 だが、そんな中にも一つだけデスマスクの気を引くものがあった。 「ほ〜、こんな所にもあるとはねぇ」 それは、ちいさなメダルだった。色と形状からぱっと見は金貨のようだが、中央に大きく刻まれた星印が明らかにゴールドとは違う。 「ねえ、もしかしてそれって」 昔、全く同じものをアリアハン城門付近で拾ったことがある。使用目的のわからない、けれど妙にきれいな金色の物体を、アイオリアはちょっとしたお守りのつもりで服のポケットに忍ばせていた。これでしょ、と言って取り出したメダルをデスマスクがひょいと取り上げる。 「返してよ」 まるで泥棒―――と言いかけたがやめた。この人は泥棒そのものだったと、アイオリアは再認識する。 「泥棒とはひっでぇな」 「だってその通りでしょ」 「え…? お前もしかして知らねえの? アリアハンに住んでるくせに? モグリか?」 仕方ねえな、と言いながらデスマスクは道具袋から小さな巾着を取り出した。手のひらの上で逆さにすると、チャリンと音を立てて四枚のメダルが姿を現した。アイオリアから取り上げたもので五枚目だ。おほん、とわざとらしい咳払いをひとつして彼は話を続ける。 「これは“ちいさなメダル”といってだな。集めるとと〜ってもいいものが貰えるわけ」 初耳だ。またオレを馬鹿にしているのか、とアイオリアは顔をしかめる。 「別にからかっちゃいないさ。つーかお前、本っっっ当に何も知らないガキなのな」 「悪かったね。ガキが嫌ならいつでも帰ってくれて構わないけど?」 モグリだのガキだの。常に偉そうなもりそばだけでも散々なのにデスマスクも大概だ。怒りが込み上げる前に踵を返すと、肩を掴まれて強制的に振り向かされた。 「何? ガキに用はないんじゃないの?」 「だーかーらー。こいつを集めてる親父ってのがアリアハンにいるんだよ!」 「…えっ?」 アリアハンにそんな人いたかな? 不思議そうに両目をぱちくりさせるアイオリアを見て、デスマスクがにぃと薄く笑う。子ども扱いは腹立たしいが、この表情に嫌悪感はない。 「まっ、ちょいとわかり辛い所に住んでるし仕方ねえか。なんなら証拠見せてやるよ、ほれ」 言うな否や、デスマスクは腰に折り畳んで携帯しているムチをひゅんひゅん! と素早く振るって見せた。自由自在に宙を舞うしなやかな紐は、近くで見ると無数の棘がついている。不慣れな者が扱えば、自身に当たり大怪我を負ってしまう代物だ。見事な手さばきに目を奪われつつも、その手腕を戦闘で発揮してくれたらどんなに有難いだろうかとアイオリアは思う。 「…すごい」 「あらあら。りあたんてば俺様に惚れちゃったの? それともドMでムチで縛られたいのかな? 残念ながら男は抱け…」 「抱かれたくないしドキドキもしていない! それだけ強いならもっと…」 「言ったろ? 盗賊は、盗むのがお・し…」 「もういいよ」 言ったオレが馬鹿だった。アイオリアはもう何度目かわからないため息とともにがっくりと肩を落とす。 「…で、結局何が言いたいの?」 「いい武器だろ。これが、さっきのメダル集めて貰った景品」 「本当に? 盗品じゃないだろうね?」 「おうよ。もっと集めたらすっご〜〜〜いお宝が貰えちゃうんだぜ?」 ジロリ、とアイオリアが疑いの目線を向ける。しかし、上機嫌なデスマスクには全く効果がない模様。 「よしっ! メダルも五枚貯まったことだし、とっとと済ませてアリアハンに行くぞ」 何が「よし」なのか。そもそもオレの試練なのに勝手に仕切るな。そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、アイオリアは再び早足で先を急ぐデスマスクの後を追う。 途中で例の二人組の不在に気付いたが、願わくばこれ以上関わりたくないので触れないことにした。 先へ進んでも強い魔物に襲われなかったことが幸いし、目的の最上階にはごく短時間で到達できた。頂上の狭いフロアに建つ小屋は、塔を管理する者が寝泊りするためのものだろう。 「りあた〜ん、開かなぁ〜い」 「…っ」 反射的に「げえっ」と漏らしそうになるが、アイオリアは口から飛び出す直前で耐えた。いなくなったはずのもりそばが、小屋のドアをがちゃがちゃと弄り回しているのだ。芝居じみた甘ったるい声色に虫唾が走る。 せっかく離れられた喜びもつかの間、よもや先回りしていただなんて。戦う術を持たない彼らがかすり傷ひとつ追わずにここまで来た、その悪運の強さが憎たらしい。魔物の餌にならないのであれば、いっそのことドアに仕掛けられた罠で―――。 (はっ!! オレは何という事を!?) ろくでもない事ばかりするとはいえ、たとえ一瞬だったとはいえ、他人の死を願うなんて人間失格だ。こんな考えをするようでは父や兄に申し訳が立たない。心の中で己を強く叱咤したアイオリアは、もりそばの腕をぐいと引っ張りドアから距離を取らせた。やきそばもセットでついてきているなら、静観せずに止めさせればいいのにと思う。口が利けなくとも、そのくらいは態度で示せるはずだ。 「やだもう、りあたんってば積極的ぃ」 はぁ、とアイオリアは再び重いため息をつく。先程のデスマスクといい、何故揃いも揃ってこんな反応しかしないのだろう。否、余計なことばかりする分苛立ち度合いはもりそばの方が格段に上だ。 「まったく。どんな怖ろしい罠が仕掛けられてるかわからないのに」 「あら優しい。俺のこと好きなの?」 「大嫌いだよ!!」 思わず本音が出た。が、もう遅い。癪に障る甘えた声は何処へやら、もりそばの長い指がすかさずアイオリアの頬を捉えた。しまった! またこのパターンか! 「ふいまへぇんふいぁ…」 「わかればよろしい。で、俺の見立てではこのドアには鍵がかかっているようだ」 「そうですね。見ればわかりますね。ていうかそれ、実際に試した感想だよね!?」 謝りさえすれば、もりそばはそれ以上危害を加えない。以前の例に漏れずすぐに手を離した彼は、腰に手を当ててさも偉そうに当たり前のことを言う。 「で、どうする?」 「仲間だと思ってるなら一緒に考えてよ」 「…だとよ。どうすんだ?」 アイオリアの要求を、もりそばは考える素振りすら見せずデスマスクに丸投げした。 「ああ? そんなもん自分で考えろ」 小屋の壁に背を預け、暇そうに腕組みしていたデスマスクはあくびをしながら答えた。もりそばには端から期待していないが、こっちの反応も大方予想通りだ。扉が開かないなら、一度引き返して他のルートを探るしかない。アイオリアが上ってきたばかりの階段を降り始めると、すぐに袖を掴んで引き止める者がいた。徹底して静観を貫いていたやきそばである。 「悪いけど急ぐから。その手、離してくれないかな」 遊び人の気まぐれに付き合っている余裕などない。ただでさえ苛々が増長している所に無言の嫌がらせ。温厚なアイオリアの口調が無意識のうちにきつくなる。 ―――ふるふる。 やきそばは首を横に振りながら、背後で締まりのない笑みを浮かべるデスマスクに目線を向けた。空いた片腕を伸ばし、くいくいと手首を捻って見せている。新しい“遊び”でも思いついたのだろうか? アイオリアの沸点はすぐそこだ。 「いい加減に―――」 このままではまずい。相手は精神を患い言葉を失った病人、殴るのは可哀相だが言って伝わらないのだからどうしようもない。アイオリアが心を鬼にして腕を振り上げた、その時だった。 「ったく。あんたに頼まれちゃ断れねえな」 「…はっ?」 アイオリアの動きがぴたりと止まる。誰も何も頼んでいないのに、この人は何を言っているのか。やきそばとの会話―――とは言い難いやり取りに割って入ったデスマスクが、ぽりぽりと照れ臭そうに頭を掻きながらこちらへ歩み寄ってくる。彼は例の扉の前に立つと、懐からおもむろに一本の針金を取り出した。 「ふっふ〜ん♪ お前ら、このデスマスク様が仲間にいて良かったなぁ」 いや仲間だなんて一度も思ったことないけど。アイオリアがそう呟きかけた時―――。 「ほれ、開いたぞ」 「へー。蟹のくせにやるじゃん」 一瞬だった。がっちりと施錠されていたはずのドアを、デスマスクがぱたぱたと小さく開け閉めしている。尊大なもりそばが悪態を交えながらも珍しく他人を褒め、やきそばもこくこくと頷いている。 そういえば、とアイオリアは思い出す。一流の盗賊とは危険な罠を解除し、固く封印された扉をも開けてしまうものだと、子どもの頃に読んだ冒険譚に記されていたことを。 「…あ、ありがとう…」 アイオリアは搾り出すように礼を言った。デスマスクのおかげで二度手間が省けたことは事実だけれど、彼はやはり“泥棒”にすぎない。多少腕は立つかもしれないが、非協力的で己の利益しか頭にないこの男を“一流”だなんて思いたくなかった。 頑なに袖を掴んだままだったやきそばの手は、いつの間にかアイオリアから離れていた。 「お邪魔…します…」 これはまるで不法侵入だ。後ろめたさを感じずにいられないアイオリアは、恐る恐る扉の先へ足を踏み入れた。 小ぢんまりとした室内は、ひとりで暮らすには十分な広さだった。遮るものがないせいか、たっぷりと陽が注ぐ空間はぽかぽかと暖かい。岬を一望できる窓辺にはベッドが置かれており、瞬間移動ができ且つ地震の心配さえしなければなかなか快適そうである。実際に居心地が良いのか、椅子に腰掛けた老人が机に突っ伏して居眠りをしていた。腕の下からはみ出す冊子には、艶めかしいポーズを決める裸体の女性が描かれている。俗に言う“えっちなほん”だ。 「爺さんも好きだなァ」 「まあ何だ、男は一生現役だからな。せっかくだからりあたんも見せてもらえば?」 覗き込んだもりそばとデスマスクが、口々に好き放題言っている。興味を惹かれないと言えば嘘になるが、無視を決め込んだアイオリアは遠慮がちに老人の肩を叩いた。 「あの、もし…」 「むにゃむにゃ―――はっ!」 「えっ!? 何でっ!!?」 顔を上げた老人を見て、アイオリアは素っ頓狂な驚きの声を上げた。何故なら、その人物は―――。 「じいちゃん! どうしてここに!?」 「ふわぁ…。遅かったのう、アイオリア。待ちくたびれて眠ってしまったわい」 塔の番人には、高齢などの理由で第一線を退いた“元”冒険者が当たる場合が多い。しかし、自分の祖父がギルドの一員だったとは今まで一言も聞いていない。愛だの恋だの、果てはドラゴンを討ち取りどこぞの国のお姫様を助け出しただの、盛りに盛った嘘くさい武勇伝なら何度も聞かされてきたが。 身内、それもごく近しい者とわかれば遠慮の必要はない。どうして、とアイオリアは祖父にずいと詰め寄る。 「バイトじゃよ、バイト。ちょいと頼まれてな。嫁にばかり負担をかけさせてはいかんからの〜」 「じいちゃんのお嫁さんではないよね!?」 アイオリアの祖母は彼が生まれる前に他界したと聞く。祖父の言う“嫁”とは、即ちアイオリアの母のことだ。 「なあ、爺さん僧侶だろ?」 その時、もりそばが単刀直入に切り出した。 いきなり何を言い出すかと思えば。遊び人らしいと言えばらしいのだが、突拍子もない発想にアイオリアから乾いた笑いが漏れる。失礼な言い方だけれども、こんなスケベジジイに回復呪文を唱えられたら余計に傷口が広がりそうだ。 もりそばの言うことなど信用していないが、念のために確認だけはする。 「そうなの? じいちゃん」 「ほっほ、“流れ”じゃよ。そういうお前さんは…ふむ…」 “流れ”の僧侶。それはどの教会にも身を置かず、自由気ままに生きる者を指す―――と言えば聞こえは良いが、実情は破門されて俗世に染まった、神の道を志した者の成れの果てである。そして、彼らはどんな実力者であろうとも一生涯出世することはない。アイオリアにもその程度の知識はある。だがもう遅い。真っ昼間から堂々といかがわしい本を広げていた祖父の株は大暴落だ。 そんな孫の胸中を他所に、彼はもりそばの顔をしげしげと眺めている。凝視して素顔が見えるわけでもないのに、一体何を考えているのだろう? よほど本人に代わって「孫の邪魔ばかりする遊び人だよ!」と答えようかと思ったが、それではあまりにも子どもっぽい。何より後が面倒だと思ったアイオリアは、喉元まで出かかった台詞をぐいと押し込めた。 「―――なるほどねぇ。要するに女を取った、と」 「この世で一番大切なものは、愛じゃ」 なんて軽い“愛”だろう! 茶々を入れたデスマスクとの会話に、アイオリアはもはや完全に呆れ顔だ。まかり間違えて素晴らしい過去があったとしても、老いてなお好色な男に愛など語って欲しくない。愛とは崇高で清らかなもの、肉欲とは別次元の存在なのだ。 「ワシと婆さんはな…」 「ねえ、じいちゃん。そんなことよりオレに渡す物があるんじゃないの?」 年寄りの昔話は無駄に長いのが相場だ。というより、身を以て熟知しているアイオリアはピシャリと祖父の話を遮る。これ以上ボロが出ないうちに目的を果たさなければならない。 「おお、そうじゃ。お前があんまり遅いから忘れておったわ!」 「…悪かったね」 「そうカッカするでない。ほれ、この“とうぞくのカギ”をギルドに持って行けば合格じゃ」 ぼそりと呟くアイオリアに、彼は一本の鍵を手渡した。シンプルで飾り気のない鍵は、魔法のかかっていない扉なら開けることができるという。失くすことがないようにと、アイオリアはそれを道具袋に大切にしまい込んだ。 嗚呼、長かった試練がやっと終わる。そして、ついにパーティーを解散できる! 彼は天を仰ぎ、両の拳を握り締めて感激に打ち震えた。嬉しくてついに涙まで出てきた―――が。 「流石はワシの孫、ここへ泳いで渡ろうとしたのはお前だけじゃ!」 「「ぶはっ!!」」 まさか見られていたなんて! あろうことか、祖父は最も思い出したくない出来事を口にした。二人同時に噴き出したデスマスク達が、げらげらと腹を抱えて爆笑している。恥ずかしくて一刻も早くこの場から逃げ出したいアイオリアは、すうっと精神を集中させて瞬間移動魔法を唱えた。城下に建ち並ぶ数々の家や店、人々が集い賑やかな中央広場。アリアハンの見慣れた町並みは、いつでも一瞬で思い浮かべることができる。 「…あっ馬鹿!」 ―――ガゴンッ!! それに気付いたもりそばが止める間もなく、部屋中に鈍い音が響き渡った。天井に頭をしこたま打ち付けて落下したアイオリアが、激痛に耐えるべく床で小さくうずくまっている。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」 「…まあ、こんな孫じゃが三人とも頼みますぞ」 「おう、任せとけ」 デスマスクに続き、もりそばとやきそばもこくりと頷いた。少々クセが強いけれども、この人達なら大丈夫。閉じた本を小脇に抱えた祖父は、ほっほ、と笑いながら部屋を後にすると、キメラの翼を天に向けて放り投げた。 「りあたん、修行不足ぅ〜」 「ほっといて…よ…」 もりそばの言うことはもっともだ。魔法とは熟練によって効果が高まるもの。その証拠に、アイオリアが唱えたルーラは彼ひとりにしか効果が及ばなかった。 魔法が苦手という自覚はある。習得すれば必ず冒険に役立つと思い、城勤めの傍ら宮廷魔術師からいくつかの魔法を学んだ。しかし、未だかつて成功したことはなかった。原理を理解できても、魔力を上手く高められないのだ。旅立つ直前に、全貌を容易に思い出せるアリアハンにだけは辛うじてルーラで移動できるようになった。それだけでも、アイオリアにとっては奇跡に近かった。 だからって、せめて一言くらいは労りの言葉をかけてくれてもバチは当たらないのでは―――と思うが既に腹も立たない。ゴールは目前、帰りさえすれば全てが解決するのだ。ズキズキと痛む頭を抱えて立ち上がったアイオリアは、右へ左へと身体を揺らしながらよろよろと歩きだした。 「おいおい、落ちんなよ〜?」 そびえ立つ塔の頂上に外壁はない。からかい半分で注意を促すデスマスクの言葉を背に、アイオリアは改めて呪文の詠唱を始める。痛みで気が散りそうになるが、鍛えた精神力でひたすら耐える。そして、今まさに呪文が完成する瞬間だった。ひゅう! と高所特有の突風に襲われて全身のバランスを崩してしまう。 「…! え、わわ…っ、うわああああああああ!!」 ―――バッシャアアアアアアアアン!!! アイオリアの絶叫からわずか数秒後、ナジミの塔を囲む湖から巨大な水しぶきが上がった。 「……。あいつ、馬鹿だろ」 一部始終を見終えたもりそばが、激しく波打つ湖面を見下ろしながら暢気に言った。足元に細心の注意を払いつつ、できるだけ下を見ないようにおろおろと動揺する相方とは正反対だ。 「ああ、馬鹿だな。剣背負ったまま落ちていきやがった」 「…なん…だって…!?」 アイオリアを小ばかにしつつ、デスマスクは的確に状況を述べた。分厚い化粧の下から、もりそばの凍りついた表情が見え隠れする。 アイオリアが溺れる可能性は皆無に等しい。だから救助の必要はあるまいと悠長に構えていた。しかし、剣を背負ったままとなれば事情が変わる。どんなに泳ぎが達者でも、誰かが引き上げない限り金属の重さで沈んでしまう。盲点だった。最初からそれに気付いていたのか、やきそばがいつもより強くもりそばの服を引っ張っている。 「よしわかった。蟹、お前が行け」 「はぁ? 何で俺が」 「蟹なんだからエラ呼吸できるだろ?」 理不尽極まりないこじつけだが、ここで拒否すればアイオリアは確実に溺れ死ぬ。無論、そうなればギルドから責任を問われる。助けられる仲間を見捨てたとあらば、今後二度と信用は取り戻せないだろう。それに、素顔を見せたくないもりそばが動くとは到底思えなかった。 「…ったく、しゃあねえな。世話の焼けるお子ちゃまはこれだから」 「おう。頑張れ〜」 まるで他人事のような言い方だ。頭にくるが、今言い争ったところでアイオリアの死期が早まるだけだ。デスマスクは諦めて皮鎧を脱ぎ、手にした短剣をしっかりと口に咥える。 ―――ザパアアァァァァン! 自称“天下一の大泥棒”は、空中に美しい弧を描きながら湖へ飛び込んだ。再び上がった水しぶきは、一度目よりも小さく控えめだった。 後編へつづく (書いた人:ああああ) |
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