少し寒い夜、俺は病院に居た。
「光秀…」
窓越しに、集中治療室に入っている光秀を見つめる。体調が悪化し、夜間に救急車で搬送されたのだった。
先生によると、今夜が峠、らしい。
病棟の寒さも忘れ、祈りの気持ちも一杯に、彼に目を向けていた。
抑[そもそも]は、約数時間前の話。
「今日、お前の家に行っていいか?」
最近ずっと早引きしていた光秀が、今日は元気そうだったので、機も良いだろうと思ったのだが…
思えば、それは幸であり不幸でもあったのだ。
「私の家ですか?勿論、いいですよ。」
「そうか。良かった。」
「じゃ、行きましょうか。」
「ああ。」
「お腹、空きましたね。」
「確かに…昼は握り飯一個だったからな。」
帰り際、道沿いにあるスーパーに寄って、夕食の材料を買った。
「帰ったら、すぐにご飯作りますね。」
「楽しみにしている。」
「はい!」
光秀の家に着いた俺達は、夕食を作り始めようとしていた。
「光秀、大丈夫か?体調、近頃良くないのだろう?」
「今日はマシなんです。」
「そうか…?」
そこで、押しきってでも俺がする、と何故言えなかったのだろう。
今日ほど後悔をしたことは無かった。
リビングで暫く光秀が戻ってくるのを待っていたが、余りに遅い。
様子を見ようとキッチンに向かうと、いつもより酷い咳が聞こえた。
「光秀、どうした!?」
嫌な感じがして、光秀の脇に膝をつき、支える。
「光秀!光秀!」
「ごほっ、ごほっ…!」
おさまらない咳。びちゃ、という不快な音と共に、生暖かいものが手にかかる。
自分の手を見ると、鮮血で紅く染まっていた。一瞬にして、血の気が引き頭が真っ白になる。
血で真っ赤に染まっている光秀の服が、多量な吐血を物語っていた。
(死ぬな、光秀、光秀…!)
苦しそうな息遣いに俺はやっと我に返り、救急車を呼んだ。
そして、今に至る。
「大分、内臓の調子が悪いようだ。」
先生から聞かされた、光秀の身体の事実。
まさか、そこまで悪化しているとは思っていなかった。
(…昼間は、元気だった…いや…)
きっと光秀は、無理をおして、気丈に振る舞っていたのだろう。
(…すまない、光秀…)
俺がそうさせているのだ。
高校の時から、光秀はそうだった。
…とは言っても、彼とは3年で初めて同じクラスになった。
貼り出される成績で、いつも俺と争っていた光秀。
それは、三年間変わらないことで、どのような人物なのかと俺は疑問に思っていたのだ。
「貴様が、明智光秀か。」
「はい。」
(まさか、こんな奴が学園1位とはな…)
美しい黒髪。女のように色が白く、凡そ男には見えないほどの顔だった。
「あの、何かご用でしょうか?」
「いや…」
話もせずに立ち去る俺は、かなり不躾だったかもしれない。
「?」
暫くしてから、光秀は俺に話し掛けてきた。
その内に、余り身体が丈夫でないことも教えて貰った。父親からの遺伝でらしい。
それからというもの、時折保健室に休みに行く光秀を、その都度見舞いに行った。
「身体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。いつも有難うございます。」
「気にするな。」
身体を起こし、淡く微笑む光秀。
こんな会話が常で、その時に大丈夫だと言っていても翌日は欠席、ということもよくあった。
大学に入ってからは、学部が違ったこともあるが――幾分かでもマシになったと思っていた。
(昔を懐かしむなんて、俺らしくもない、か…)
とにかく、今は光秀が回復することを祈ろう…
(俺を、置いていくな…)
願いが届いたのか、三日後、漸く先生の許しを得て、光秀に会うことが出来た。
意識はあるが、まだ完全に体は回復はしていないらしい。
「光秀…良かった…」
ぎゅっと手を握ると、光秀は此方に顔を向け、小さな声で何かを訴えてくる。
「何だ?」
耳を近付けると、僅かな音量ながら、何を言っているのか理解出来た。
…ごめんなさい。
「何故?」
…私、また貴方に迷惑を、かけた…から。
「何度も言っているだろう?迷惑などとは思ったことがないと。それに、こういうときは有難う、だ。」
もし、俺があの時光秀の家に行かなかったら、本当に光秀は命を落としていたかもしれない。
…有難う、三成。
「どういたしまして。さ、まずは寝ろ。体力の回復が優先だからな。」
…三成は?
「俺は傍に居るから、安心しろ。」
…良かった。
光秀が眠ってから、俺はそっと彼の髪を撫でた。
嗚呼、この華奢な身体に何れ程の苦しみを抱えているのだろう。
俺はお前の苦しみを和らげてやれているだろうか?
俺は、お前にいつも救われている。
願わくは、俺も、お前にとって、そんな存在であれるように…